●では1曲ずつお話伺わせて下さい。1曲目『太陽と月のように』。 工藤:元々曲の原型はあって、Facebookで友達が結婚して子供が生まれましたっていうのを見た時に、同じ歳の人が結婚してるってシュンってなって。 ●(笑)。何でですか? 工藤:立派だなって(笑)。原型があったから、そこにどういうメッセージを乗せていこうかとか思ってた時で、それを見たことで決定づけられた。そのことによってポジティブなものを書きたいなと思って、自分の中では毒を抜いて普通に作りたいなって思って作りました。 ●そうですね。歌詞の部分で言うと、工藤君の書くものはやはり闇の部分というかあるのですけど、これはわりと素直に歌い切っている感じがしますよね。 工藤:そこがないとしっくりこないんですよね。でも毒を抜いたと言いつつ歌っていて楽しいのは何かな?って思うと、メロディーが良かったりだとか、大切な人に対する根源的な気持ちを歌えていたから、違和感なかったのかなって。 ●アルバムの導入っぽい感じですよね。 工藤:元々はギターももっと歪んでたりロックな感じで、サビもパーンと広がる感じだったんですけど、もう少し落ちついたキュッと押さえた感じでやってみようかなと。テイクも1回しかやってないです。 ●歌も身近な感じというかラフな感じがしました。改めて今までの音源も聞いたのですが、声自体も歌い方も大分変わっていますよね。今は歌に関してはどんな風に考えて歌っていますか? 工藤:悩んでないですね。もっと上手くならないととは思いますけど、弾き語りをやってから表現力は上がったんですよね。あと歌うぞって気持ちが強くなっていってる一方で、距離も空いてきているというか、難しいんですけど。昔はレコーディングやっている時とか特に、よし!歌うぞ!っていう熱唱している方がいいと思ってたんですけど、今は肩の力を抜いて歌えるようになりましたね。 ●今の方が力は抜けているけど、芯は強いっていうか。 工藤:うん。あと過去の方が重心が高いんですよね。でもこの作品は低いんですよね。どっちがいいのかは人にも寄るかもしれないですけど。 ●なるほど。では2曲目『STRANGER』。 工藤:これはSTRANGERって言葉自体が自分の中であって。色んな人と知り合っていく中で、他人っぽくなっていく瞬間ってあるじゃないですか。その時、凄く仲良くしていても少し経つと、この人とどうやって喋っていたっけって思う時ってありますよね。~君って呼んでたんだっけ?とか。 ●あぁ、呼び方忘れちゃうことってありますよね。 工藤:この人とどういう風に接してたんだっけ?っていうそういう些細なきっかけだったと思うんですけど、それにちょっと虚無感を覚えて歌いたくなったんですよね。どれだけ親密になったとしても、時間が経ってしまうと他人のように思えてしまうんだなぁって。 ●工藤君は特にあるかもしれないですね。久しぶりに会うとちょっと距離がある感じっていうか。 工藤:そうですか(笑)。破綻なく事を運びたいんでしょうね。この時間をきまずくしたくないぞって。とりあえず失礼がないようにしたいっていうか、真面目さ故。僕がした行動で相手が傷つくのは嫌だなって思っちゃうから。 ●工藤君らしいところから生まれた曲ですね。 工藤:これ最初はもっとテンポが遅かったんですよ。 ●昔のAnyならもっとシンプルな仕上がりになってただろうなと思いました。 工藤:うん、うん。 ●後半の展開もそうですけど、曲がより豊かになっていると思います。細かいところも気が利いているというか。 工藤:好きなことをちゃんと好きだって言って、音に出しているからだと思います。この人達はこういうことなのねってこと。 ●これだけ音を重ねているけど、一つ一つの音に耳がいきますよね。 工藤:あぁ、確かに人格を持っているかもしれないですね。 ●だから「あ、大森君のベースだな」とか、意識がそれぞれの音にいくんですよね。 工藤:大森君ね、今回ベース凄く上手いと思う。元々上手いけど。 ●(笑)。来て欲しいところに来て欲しい音が来る感じが凄くします。3曲目『UNDO』。 工藤:谷崎潤一郎の「痴人の愛」を読んでいて、主人公がもみくちゃにされる感じが凄く良くて。女性に惑わされて落ちていく、あの感じがやばいんですよね。映画でも小説でも。 ●アレンジもとても大人っぽい艶やかなものになっていますよね。 工藤:そうですね。セクシャルなものが芸術において凄く重要なものだと僕は思っていて。そういうものが含まれていると嘘がないというか。でもそのセクシャリティも品があってほしくて、下ネタっぽいのもむっつりっぽいのも嫌だし、バランスが難しかったんですけど。これは歌詞が先だったんですよね。 ●工藤君の中でエロスは重要な要素ですよね。 工藤:ちょっとずつね。それはきっと片寄さんと出会ってからだと思います。セクシャルな部分がかっこいいって気づいて。chocolat&akitoの時とGREAT3の時と歌ってる時の表情が全然違うんですよね。ゾッとするような目つきとかするじゃないですか。 ●言い方は失礼かもしれないですけど、変態性があるというかね。 工藤:そうそう。それがめちゃくちゃかっこよくて。遠目から見ても存在感とかオーラが凄く放たれているから。結局自分が好きな人を辿っていくと、みんなそういうのを持ってて。言葉に出さなくてもオーラで出てるっていうか。 ●曲自体にも色気が出てきた感じがありますよね。 工藤:このBPMは凄い好きなんですけど、これまでに書いていなかった曲で、これからのAnyの要素の一つになる曲かなと思いますね。 ●『UNDO』とか『気配』はAnyの幅をまた広げた曲ではないかと思います。4曲目『眩暈』。 工藤:これまた全然違うんですよね。アコースティックな感じで、生のピアノとかも鳴っていて。これもアレンジを木暮さんに預けた時にこうなってきたんですけど、元々3人でやっていた感じと木暮さんが持って来てくれたものと、自分の中でも2択あったんですよ。なのですんなり。コードとか難しいんですけど、すっきりしたので良かったなって。このアルバムを聞いてもらった時に、『眩暈』を好きな人は多いですよ。 ●今作を聴いていて思ったのは、以前よりもっとメロディーと歌詞が寄り添っている、自然になってきているなと。特にこの『眩暈』のサビの部分とか凄く滑らかだなと思うんです。 工藤:あぁ、確かにシルキーなイメージは持ってました。これも歌詞かな。歌詞を書いてて、そのまま歌い出してる感じですね。言葉の印象からストーリーが浮かんで来た。 ●光景が浮かぶ、イメージし易い曲ですよね。 工藤:8mmフィルムで撮ったショートフィルムみたいなイメージなんですよね。大体曲を書く時って、自分の気になっている人や物にズームインしたりズームアップしたりしてるんですよ。どの距離でそれを描くかというか。この場合は僕のイメージでは横顔でちょっと距離がある感じ。ちょっとアーバンなものだったりとかシティ感のあるものに傾倒したいとは思っていたんですけど、この曲はそういう意味でトリップさせられるし、情景が浮かび易いかもしれない。 ●今シティ・ポップと呼ばれるものって沢山あると思うんですけど、今作は70年代位のシティ・ポップに近いなと。 工藤:そうですね。現代的なシティ・ポップというより少し古い… ●スタンダードな感じのするものですよね。だから、この音源の原型は相当前に聴かせてもらっていますけど、飽きないし、改めて聴いても新鮮で。 工藤:それはメンバーでも話したんですよね。1年前に録ったのに全然鮮度が失われないって。僕、長く聞いてもらえるように作ろうってずっと言ってたと思うんですけど、最近あんまり思わなくなったんですよ。その瞬間に出て来たもので、その時代とかその人の生活環境に寄り添えたらいいなぁとは思いますけど、「ずっと聴いて下さい」って言うのって、その人をずっと縛り付けることにもなるじゃないですか。それってちょっとうっとおしいかなって。それはその人が勝手に思うことでこっちが指定することじゃないなって。 ●5曲目『気配』。 工藤:これもアレンジが変わって、音数少なくして僕のギターは歪まなくなったんですよね。もっと前はロックでゴリッとしてた。繁華街っぽいイメージかなぁ。 ●ちょっと歌謡曲っぽいですよね。 工藤:そうなんですよ。~ブルースみたいな(笑)。 ●聴いているとクセになる感じの曲。 工藤:確かに中毒性ありますよね。これはギター鳴らしてて、こんなコード進行いいなと思って作って。木暮さんとか清野さんとかに伝えると、あぁこういう感じねって理解してくれるんですよ。多分僕、本当に基本のことしか出来ないんで、発展させたり応用させたり新しい感じのものは作れないんですよね。歌謡感のあるものって昔から親しみがあるし、J-POPって呼ばれるものもそうだと思うし、聴き易いんでしょうね。音の響きとかメロディーとかマイナーよりな感じなので、もっとテンポ落としたら完全な歌謡曲になる(笑)。ギターを木暮さんが弾いてくれたんですけど、アイズレー・ブラザーズの人みたいだなって。 ●始まった瞬間、これは!って思うギターですよね(笑)。 工藤:(笑)。だから人によっては聴かせると、君達幾つ?って言われる。25歳ですって(笑)。 ●そうだと思います。Anyはデビューが19歳と始まりが早いから、3人はちゃんと段階を踏んできてるだけなんだけど、30歳位の感じはある。 工藤:そうですね。だから僕ら若い子に聴いて欲しいと思いつつも、まだこういう音楽に触れている子はあんまりいないと思っていて。 ●逆にAnyを聴くことで知って欲しいって気持ち? 工藤:はい。いつも自分達の企画やワンマンライブのBGMを作ってるんですけど、後で「何の曲ですか?」とか言われたりするんですよ。そこで興味を持っているってことは素質があるんですよ。Anyの音楽好きだったらそこに辿り着くよねって思うし。 ●それは理想的な音楽の聴き方ですよね。6曲目『素敵』。これは『優しい人』や『サイレン』などでAnyがやってきたストレートなものの決定版といった感じの曲ですよね。 工藤:ものの数分で出来た曲ですね。 ●何がきっかけで出来たのですか? 工藤:夜眠れなくて(笑)。サビの言葉よりもBメロの”真実は胸の奥に流れる星 瞬間 消えていく”が僕の中でヒュンと降りてきて。 ●大事なのはここですよね。この歌詞に尽きるでしょう? 工藤:そうそう。 ●このアルバムのこともそうだし、工藤君らしさが詰まったフレーズでもあると思っていて。 工藤:さすがわかってますね。あんまり何にも考えてなかったんですよね。だから出来たんだと思うんですけど。バンド楽しいよ!っていうのが詰まっていると思うし、これ本当に1回しかレコーディング録ってなくて。みんなでブースに入って録って、僕叫んでますね。これまでのAnyの中でこういう風に歌えれば良かったなって思います。力強いのにちょっと情けない、泣ける感じがあるっていうか。全然違うかもしれないけど、ダイナソーJr.とか聴いてる感じに近くて。 ●バンド感、青臭さがありますよね。ライブ見てても凄くグッとくる。アルバムだとこの曲順で『素敵』が来るのが泣けますよね。 工藤:泣ける。僕も泣きましたもん。